「難治性皮膚潰瘍を対象とした間葉系幹細胞由来血小板様細胞(ASCL-PLC)の探索的臨床試験」-血小板創製技術の再生医療応用プロジェクト-
慶應義塾大学医学部外科学教室(一般・消化器)の尾原秀明准教授、松原健太郎専任講師らは、「難治性皮膚潰瘍(注1)を対象とした間葉系幹細胞由来血小板様細胞(ASCL-PLC;注2)の探索的臨床試験」について、2020年6月11日厚生科学審議会において、第1種再生医療等提供計画の再生医療等提供基準に適合していると認められました。この度、第1症例目へのASCL-PLC投与を行い、安全性に問題がなく2例目以降の症例登録開始が可能であると判断されました。ASCL-PLCは、皮下脂肪組織に存在する間葉系幹細胞から作製した慶應義塾大学発シーズであり、AMED橋渡しシーズB(研究代表者:臨床研究推進センター 松原由美子特任准教授、研究開発分担者:宇留賀友佳子特任助教ら)としての支援を受けた開発品です。
研究課題名 | 難治性皮膚潰瘍を対象とした間葉系幹細胞由来血小板様細胞(ASCL-PLC)の探索的臨床試験 |
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実施責任者 | 慶應義塾大学医学部外科学教室(一般・消化器)准教授 尾原秀明 |
実施医療機関 | 慶應義塾大学病院 |
難治性皮膚潰瘍の多くは、動脈の血流障害(虚血)や静脈の血流障害(うっ滞)による局所の循環障害を伴っています。解決すべき問題点は、標準治療を行っても完全治癒までに長時間を要すること、治癒したとしても高率に再発することです。さらに、潰瘍部の感染から敗血症を来し、生命に関わる場合もあります。現在の標準治療は、虚血性皮膚潰瘍(図1)に対しては薬物療法などの内科的治療や、血管内治療および外科的血行再建術ですが、これらの標準治療に抵抗性の難治性皮膚潰瘍により、下肢切断を余儀なくされる方が年間1万人以上いるのが現状です。一方、静脈うっ滞性潰瘍(図2)に対しては主に圧迫療法が行われていますが、難治性のものも多く、再発率も高いとされています。潰瘍治癒を促進する新しい治療が望まれる背景において、慶應義塾大学発シーズであり、AMED橋渡しシーズB(研究代表者:臨床研究推進センター 松原由美子特任准教授、研究開発分担者:宇留賀友佳子特任助教ら)による開発品である皮下脂肪組織に存在する間葉系幹細胞から作製したASCL-PLCは、末梢血血小板の特性に加えて難治性皮膚潰瘍に有用性をもたらす特性を持つ血小板様細胞であることがこれまでの研究で分かってきました。
図1
図2
ASCL-PLCを作製する分化基盤技術開発は、ES細胞やiPS細胞など多能性幹細胞を血小板様細胞分化させる時に一緒に培養する間葉系細胞だけを使って血小板分化誘導培地で培養したところ、血小板様細胞に分化することを発見したことから始まります。そのメカニズム(血小板分化に必要な遺伝子やサイトカインの内在)に基づいた製造により得られるASCL-PLCの臨床応用における利点は、遺伝子導入が不要であること、組換えサイトカインの添加が不要で安定・大量・シンプルな製造法であること、凍結可能な同種(他家)細胞であること、潰瘍部位の滴下塗布 (外用塗布)が可能であることがあげられます。
目的 | ASCL-PLC投与(滴下塗布) による安全性評価、副次的に有効性を探索的に評価する |
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対象者 | 難治性皮膚潰瘍の患者 |
実施予定症例数 | 10例 |
難治性皮膚潰瘍に対してASCL-PLCを1回/2週、計3回塗布投与し、初回投与から6ヶ月間、定期的観察を行います。
本臨床研究では、図3に示すように特定細胞加工物を医薬品受託製造企業において製造し、各種安全性試験及び品質試験を行い細胞品質の担保が確認された後に出荷され、慶應義塾大学病院において保管しています。
図3
2022年1月に、難治性の静脈うっ滞性潰瘍に対して1例目のASCL-PLC投与を行いました。1回目および3回目の投与後に得られた安全性データを以って独立データモニタリング委員会(注3)へ、2例目以降の組み入れの是非について諮問しました。独立データモニタリング委員会より得られた助言・勧告に従い、安全性に問題がなく2例目以降の症例登録開始が可能であると実施責任者として判断しました。今後は10例の投与完了を目指してまいります。
ASCL-PLCの非臨床研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究加速ネットワークプログラム「血小板創製技術の医療応用」、橋渡し研究戦略的推進プログラム「血小板創製技術の医療応用」の支援により得られたものです。今回計画した臨床研究は、本シーズで開発された試験物ASCL-PLCの実用化・医療応用を行う目的で2016年に設立されたアカデミア発ベンチャー・AdipoSeeds社と慶應義塾大学との共同研究で実施されます。 ASCL-PLCの研究開発は、橋渡し研究支援拠点(慶應義塾大学)の支援を受け実施しています。
【用語解説】
(注1) | 難治性皮膚潰瘍:明確な定義がないのが現状ですが、臨床現場では一般的に、1ヶ月間標準治療を行っても潰瘍面積が治療前と比較して拡大するか、あるいは縮小するも治癒に至らない潰瘍が難治性皮膚潰瘍とされています。 |
(注2) | 間葉系幹細胞由来血小板様細胞(ASCL-PLC):血小板は血液に含まれる細胞成分の一種です。血栓の形成に中心的に働き、止血作用、創傷治癒促進作用を持ちます。体内では骨髄の中にある造血幹細胞からつくられることが知られています。ASCL-PLCは、皮下脂肪由来の間葉系幹細胞から安定・大量につくられます。造血幹細胞からつくられた血小板の特徴に加え、接着性が高いなど皮膚潰瘍への有効性に適する特徴を持っています。 |
(注3) | 独立 データモニタリング委員会:臨床試験の評価に必要とされる専門性を有する委員から構成され、試験実施中の中間 データについて中立的な評価 を行う組織です。研究グ ループからは独立した組織であり、研究グループに対し、研究参加者の安全性の確保ならびに臨床研究実施の倫理的および科学的妥当性の確保のために適切な助言・勧告を行います。 |